赤鬼亭のいつもの漂泊自転車

長年やってきた好きな自転車に関することを主に、彷徨いつつ漂うがごとくにグウタラ書き連ねています。

2020年01月

先輩に存在を教えていただいた「サン グラフ 1956年(S31)10月号」を入手した。鳥山新一先生ご一行が1956年8月6日から上り始め、11日(12日かもしれない)に剣が峰山頂に到達した時のことが掲載されている。サイクルかニューサイクリングで、穂高吊り尾根を背景にした確か光風社「KENKO」の宣伝写真を見た覚えがある。当時のことだから松本から5泊6日強掛かっている。松本からの道は全線未舗装で、上高地や鈴蘭への登山バスが路肩から梓川に時々転落するガードレールとてない狭い道だった(酷道の記録写真は安曇村で飽きるほど見せて貰った)。私はこの時に鳥山先生がお撮りになった記録映像は断片でしか見ていない。30数年前の平成になった頃にビデオ化されていると耳にし、これは何が何でも安曇村(現・松本市)教育委員会・村史編纂室で入手して、上高地自然教室(ビジターセンター)で放映したらどうかと考えた。当時の上高地と乗鞍と村の様子、それから村人と家並みも捉えられているからである。鳥山先生にお願いにあがったところ、詳しくお話を伺いましょうということになり、村の担当者に引き継いだ。ところがその後に担当者が代わったとかで、いつの間にか話は立ち消えになっていた。担当者に任せきりにしたことがアダになった。村長にまで話しを通していたのに惜しいことだった。私が足繁く上高地に通い始めた70年頃でも、このときの自転車一行について「見たことのネエ自転車がヘエ、ずいぶんと上がってきたズラ、まあジキうえに上がってっただ」と話す方が島々にも沢渡にもたくさん健在だった。中ノ湯の先々代からも話を聞いた覚えがある。機会があるものなら、あらためて通しで映像を見てみたい。このときの自転車にはJCAフラッグが付いている。自転車会館かJCAで保存・保管されているかもしれないということで、友人が照会したところ何処にも無いと言うことだった。原板は8mmフィルムだったそうだ。16mmだと思っていた。ビデオ化もされていた。それで今は双方ともに行方知れずになっている。事情ある秘匿ならまだしも、隠匿・死蔵されるのは実に惜しい。1956年(昭和31)の自転車による乗鞍岳登頂の記録なのである。

鳥山先生の画像は手元の雑誌「CYCLO TOURIST vol.1」のページのコピーです。この雑誌は10号で途絶えてしまった。その後「旅する自転車」に引き継がれて8冊
が刊行されたが、やはり継続はない。ランドナーの本はもう売れないのかも知れない。

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「御前崎オフ」の募集が始まりました。今回は25回目だそうです。存在は知っておりましたが、初めて参加したのは10年前です。途中やむなき事情があって3回休んでいます。
昨春のスタート前の集合写真です。
9119618_2303515927_178large御前崎オフ新金谷

島田市の新金谷駅に集合して、そこから自転車で牧ノ原台地に上がり、一旦急坂を下ってから東海道屈指の激坂である「小夜の中山」を上がります。だいたい50名強の参加者のうち10名弱は足をつかずに坂を登り切ります。たいしたものです。私は押し歩きで30分ほどで峠の上に到着します。峠の上では茶店の「扇屋」さんで、昼食休憩です。そんなふうで、このあと長い下りを楽しみ、菊川沿いに太平洋岸を目指し、御前崎の宿で豪華な食事と美味い酒を楽しみます。2日目はそのうち書きます。

初日の弁当はこれです。瀬戸御染飯。これに扇屋さんが豚汁、漬物、お汁粉を用意してくれます。
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2日目の昼食弁当はこれです。静波海岸でみんなで車座になっていただきます。
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2日目の昼食は、毎年同じではなく、内容は少し変化します。温かくて美味いです。泡の無いビールに見えるものは、もちろん駿河の国のお茶です。
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