赤鬼亭のいつもの漂泊自転車

長年やってきた好きな自転車に関することを主に、彷徨いつつ漂うがごとくにグウタラ書き連ねています。

2016年05月

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あこがれは綻びない
1980年代初めの頃のある休日、ふらっと立ち寄った池袋西武の別館ではスペシャルメイドな自転車たちが展示されておりました。記憶に残るのはAlex・SingerとSW・WATANABAで、見惚れたのは双方の透明感のあるブルー塗色のスポルティーフでした。どちらが気に入ったかというと断然SWです。研ぎ澄まされた装いを感じました。そこではオーダー相談を受け付けていて、手の届かぬことをわきまえていながら立ち去り難い思いに捉われておりました。私がSWに強く魅入られたのは実にこの時です。以前から美しい自転車として刷り込まれていて、この時さらによく走る自転車だろうなと確信したのです。そうは言っても、当時の私は二人目の子供を持ったばかりの金欠真っただ中でしたから、入手の手立てはありもせず、見果てぬ夢でありました。
 
渡辺捷治さんを知った始まりは、ニューサイクリングの東叡社の広告だったか今井編集長のひかりの国から出版されたサイクリング本だったと思います。どちらの写真もミリタリーベレー風のバスクベレーと言うのでしょうか、それを被り、シクロランドナー付きのTOEIキャンピングに跨って走る姿でした。どちらも同じ日に写したのかも知れません。撮影者は原さんと思われます。もちろんそれ以前に下谷のウエスタン(現・北山珈琲店)か町屋でお顔を拝見しているはずなのですが、それはまったく覚えておりません。ニューサイ誌上で東叡社を辞してしばらく後にビルダーとして独立されたことやブランド愛称を募集しておられたことなど覚えています。SWとの出会いはこれもニューサイでした。スペシャルメイドサイクル総覧掲載のYさんのスポルティーフであり、かの御大のデモンタです。さらには、魔物に登場した京都のOさんのデモンタであり、オカムラさんを通じた快走ランドナーでした。それまでの私の乗る自転車は武骨もしくは鈍重に見えかねない太めのタイヤのランドナーでした。凝り固まった好みの持ち主だったのです。スポルティーフであるとか快走ランドナーは綺麗だなと思うばかりで、乗る対象としては興味の埒外でした。それがこれらの自転車を目にして別物に取り憑かれたというのでしょうか、えらく惹かれ始めたのです。SWはニューサイ表紙の房総南端の風景の中にも登場しました。これも鮮烈な印象でした。モデルたちの雰囲気が良かったこともありました。とはいえ相変わらず憧れのままの日々はまだまだ続きます。
 
たくさんの時が過ぎました。その間はキャンピングに乗り、クルスルートに乗り、ミニベロに乗り、プロムナードに乗り、ランドナーは乗り続けつつSWへの憧憬は持続していたのです。60歳になる年の春の日のこと、還暦記念号が欲しいな、何にしよう。持っていない車種にしよう。そこに啓示です。温め続けていた憧れを隠し持っていたSWのデモンタのスポルティーフだと思い立ったのです。勿論かの2台のデモンタの影響大です。SWのホームページを覗いた後は一気呵成でした。注文相談の時、いつも乗っている自転車を持って八潮の工房に行きました。姿勢を見ていただきました。どう使いたいのか、走っていく先は、距離は、荷物は、色の希望は、予定パーツは、これはぜひという使いたいパーツはと仔細に聞かれました。あやふやだったところは、アレコレやり取りしながら明らかにしていきました。1本1本のフレームチューブの特性と組み合わせの妙などよい勉強になりました。これは有り難かった。でも到底覚えきれるものではないですね。とはいえ、自分の想う走りの自転車をかたちにするとは、こういうことかと合点がいったのです。
 
スポルティーフのデモンタは還暦に間に合いました。暮れの誕生日前に完成しました。肝心な箇所の組み付けとホイール組は渡辺さんが手掛けてくださいました。私が組んだ箇所の調整もやっていただけました。初走りは筑波山麓へと一走りです。オッホッホ~と心弾む進みようです。愉快でしたね。これかSWの走りとは!!と目を瞠る心地よさでありました。30年ほど前のあの日に池袋で感じたことの体現でしたね。SWのデモンタは不思議です。実に乗り易いのです。乗りこなせているなと思わせてくれるのです。はづきの御大と御前崎で話をしたときに、同様の表現をされていたことを想い出します。これまで徒らに好みのままに自転車を乗り継いできましたが、それらはSWの走りに気付くための前触れだったのかと思えるほどでありました。これじゃあ病膏肓になるのもムベなるかなというものです。いままでの自分の自転車と比べてみれば、少し高めのギア比でしたが、苦にはなりませんでした。完成後の2年はこのデモンタばかり乗っておりました。分割機能フル活用の車載サイクリングばかりやっておりました。デモンタ専用輪行袋を入手しておりましたが、この頃鉄路輪行はゼロでした。
 
それからがご多分に漏れずという有り様でして、ではでは次なる車種を!となり、今どきの10速カンパ・スポルティーフ、郷愁の70年代フルカンパ・スポルティーフ、見果てぬ俊足を目論んだデュラエース10速スポルティーフ、他のビルダー作ながら前後キャリアの追加と改造のお願いをした5バッグ搭載ランドナーを含めれば、5台の面倒を見ていただきました。これが言いようもなく嬉しいのですから、我ながら度し難いものです。万遍なく乗っています。どれも具合よく身に合って走れています。自転車に乗れるようになったとき、比べるものなど何もなく、その時に乗れる自転車こそが最高の乗り物でした。SWと私の邂逅は、ようやく遠乗りをし始めたころの気持ちよさとの再会と今乗れる自転車こそが最高の乗り物である!ということをあらためて認識する機会をもたらしてくれました。今にしてなお“お楽しみはこれからだ”という活気横溢です。気持ち良い乗り物、それが自転車です。SW・WATANABEの走りは楽しいです。八潮の工房を訪ねてみましょう。SWの自転車を仔細に眺めてみましょう。触れてみましょう。跨いでみましょう。ペダルを踏んでみましょう。手放ししてみましょう。あなたもたちどころに気付くはずです。SW・WATANABEの走りはこんなにも楽しいのかと・・・・、憧れを綻びさせないでいればこその出会いは確かにあるのです。

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