赤鬼亭のいつもの漂泊自転車

長年やってきた好きな自転車に関することを主に、彷徨いつつ漂うがごとくにグウタラ書き連ねています。

久しぶりの書き込みです。当家の東京サイクリングセンター「Zephyr」は前後とも古い変速機を付けています。私は二人目のオーナーです。この自転車は在りし日のニューサイクリングの魔物に登場しています。

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以下の変速機に関する内容は皆さんよくご存じのことです。目新しいことが書かれているわけではありません。退屈ですから読み飛ばしてください。

この自転車のリアは1958年製「ALLVIT・1型B」で、ユーレー社では初の縦型下支点式パラレログラム構造タイプです。甲羅なしアルビ、スケルトンアルビ、骸骨アルビとか呼ばれています。

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このあとカバー型のアッパーボディーが付いたお馴染みのアルビとなり、80年代後半まで生産が継続されました。頑丈な息の長い変速機でしたね。生産量は定かではありませんが、4~5000万個は作られたのではないでしょうか。アメリカへの輸出が多く、70年代後半から80年代の西海岸で見かける自転車にはカバー型アルビが圧倒的でした。88年にハワイ・カウアイ島に行った折に自転車屋を覗いたところ、アルビが箱入りで棚に何個も並んでいました。店主曰く「頑丈で壊れない。壊れなきゃ誰も買わない。日本で売れるなら持ってってくれ。言い値で売る」という風でした。80年代製以降のカバー付きはいまでも入手でき、ランドナー乗りは沢山使っています。

フロントは1950年代半ば製の「RIGID2型・A」で、このタイプからアウター&インナーガイドが一体型になりました。

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前後共に作動は確実です。快調に動いてくれています。消耗パーツを交換し適正なグリスアップをしていけば、まだまだ50年以上どころか100年経っても乗り続けられます。乗り手は何代にわたるかは分りませんが.............、継承者が現れない可能性もあります。


次の自転車のリアには「アルビ2型・D」を付けています。フロントは東叡社TOEI製のロッド式です。

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Huret(ユーレともユーレーとも云う)の変速機セットはまだこれを持っています。使いたいのですがリア以外は使う機会はもうないでしょう。リアは「LUXE・TOURING2100T」、フロントは「AVANT2型B」、Wレバーは「LUXE1型ウィングボルト」です。稀少パーツというやつです。

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孫用自転車のハンドルに付けるフランスHURET社のWレバーがようやく手に入った。8年間探し求めていた。フランスとイギリスの自転車屋を何軒も尋ねまわったりもした。これで代替品で妥協する必要がなくなった。考えていたすべての装着パーツが揃った。肝心というか気がかりなことは、孫が喜んで乗って遊んでくれるかということ........、ちなみにフレームはTOEI製のALPS子供車。

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第12回京王閣競輪場サイクルフリーマーケットは、4月7日(土)午前10時~午後2時の開催です。競輪場西門からお入りください。会場は屋根付きですので雨天でも開催します。駐車場は競輪場隣接のコインパーキングを利用してください。自転車で来場の方は、競輪場西門駐輪場に必ず施錠のうえ駐輪してください。当日は川崎競輪の場外開催となっておりますのでご留意ください。
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関鉄バスめ、また目の前でドアを閉めて出て行った。守谷駅前の日常風景、あと1秒未満待ってくれれば乗れたのに。22時20分発きぬの里行きバスの運転手さん、今度つくばエクスプレスから降りて、普通に歩いてバスに乗れるものなら乗ってみなさい。なんなら一緒に歩いてあげます。わたしは、「お願いします、乗せてください、お願いです」といつにない大声を出して頼んだけれど、無視されました。関鉄さん、いつまでこんなことを続けるの。定時運行を旨とするなら、遵守しなければならないとするなら、駅とは逆始発の「きぬの里」から3km弱しか離れていない久保ケ丘にやって来るのになんで定時から慢性的に5分以上遅れるのかね。クズ会社。

個人にとって思想信条あるいは共感は拠り所でしょう。ただし、自分が信じたい思想、信奉する心情と人物への思慕が勝って無批判になるのは極めて危険です。自分の思い描くようになると思い信じていても、他者とりわけ為政者はその通りにしてくれる訳ではありません。私は為政者を支持していると叫んでも、繰り返し主張しても、権力者は貴方を守るために存在しているのではありません。威勢の良い、心躍る言葉やスローガンを聴かされて気分が高揚したとしても、貴方を含む国民市民の安全な暮らしが保証されることとは無縁です。明治時代が良かった、戦前が良かったという人に問いたい。誰がイイ思いをしていたか、誰が君臨していたか、誰が圧政を敷いていたか、それを知れば「美しい日本を再び作る」などという美辞麗句に酔っていてはいけないはずです。喜んではいられないはずです。敵を生み出し作り出し、危機を煽る政策では、私たちの安全は脅かされるだけです。自分たちの自由も思想信条もしかりです。都合が悪ければ、目に余ると分類されれば排除対象に括られることになります。それを判定、判断して決めるのは常に権力を持つ側です。貴方自身ではありません。右派も左派も中道も関係なく弾圧を受けることになるのです。それが共謀罪です。
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明治四十年三月二十五日付けの実用新案登録である。登録されたのは、足利市のサイクルショップサカイの初代(自転車店の初代)酒井次郎吉氏のアイデアである。現在の四代目店主のひい爺さんになる。次郎吉さんの発明品には「酒井式消化器」とか「酒井式三輪車」がある。酒井式三輪車は自転車文化センターの自転車博物館に一時期展示されていたが、その後の消息は知らない。ぜひ今一度見てみたい。明治から昭和初期に大盛業していた足利や桐生の織機工場や織物商で使われたそうである。
 
このアイデアは、時を経て三台目の時代に「折畳式リアキャリア」が生み出された。1960年代後半のことである。装着して使ったのは四代目の現店主とその友人たちである。
 
さて、2014年夏に発刊された自転車ムック本には、某映画監督のアイデアとして紹介され、その某氏の名前を冠して「○○式リアキャリア」と命名され、とあるビルダー君の工房で継続生産されることになったとのことである。喜ばしいと思っている。
 
無知であったことは止むを得ない、仕方がない。なぜなら明治時代の発案と製作品が形を変えて昭和で生まれ変わってからでも半世紀経っている。今さら「酒井式リアキャリア」には戻らない。戻せとも思わない。でも真正の発案者がいる以上『折畳式リアキャリア』と呼ばれるべきである。そう思う。
 
「セ・ケ・ン・ハ・ヒ・ロ・ク・モ・テ」は、「世間は広く持て」であり、商い上の道徳であり、符丁でもある。売るとは拡散である。情報を得るアンテナをそばだてておく必要が常にある。某監督は“これは私のアイデアである”などと主張する方では断じてない。となると出版社の担当者かな?
 
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つくばみらいに飛来したアネハヅルを観察した帰り道。ヒマラヤ8000m峰を越えて飛ぶ鶴ですね。夏の間はモンゴルの草原で、冬はインドだ。渡りの大変さは想像を絶する(というか想像できる範疇を超えている)けれど、季節ごとの棲み替えは羨ましい、というのはお気楽なオッサンの感想です。

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いつ見ても魅了されるパーツです。今を去ること54年前、神田アルプスの店先で初めて目にしたその時に魅入られました。タケノコ変速機しか見たことのなかった中学1年生には実に不思議な造形に思えました。走り去る自転車の後ろを駆けながら付いていき動作を眺めました。昭和37年(1962)の春でした。

 
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基本の材料は同じで、時間を掛けて熟成させる保存食なのに、なんで余分なものを入れるのでしょう。なぜ、素材の力と時間によって付いた当たり前の色を漂泊しなければならないのでしょう。醪や麹の能力を信じてないのでしょうか。
 
某社から熱心に熊本大地震復興支援商品を勧められて、人吉にある味噌蔵の「米麦合わせ味噌」を購入した。会社は人吉だから、不幸中の幸いにして甚大被害のエリアではない。ところで、商品選択の販売カタログには添加物のことは一切書かれていなかった。うちではお味噌は自家製を使っていて、不足する時には内容を確かめて無添加ものを購入している。お味噌に添えられてきた栞には、『昔ながらの製法と味を大切に、美味しい水と撰びぬかれた素材、職人たちの熟練した匠の技により、風味豊かで、健康に優しい製品を作り続けて参りました』とあった。まさか昔から甘味料を漂白剤を調味料を使って作っていた訳でもあるまいに。代金は復興支援に役立ててもらいたいから返金は求めない。ただし、けっして食べることのないお味噌は某社を通じて製造元に返すしかない。能力があるのだから昔ながらの製法と味を大切にして、健康に優しい製品を作り続けてほしいと思っている。実際にそうした不断の努力を惜しまない製造者は数限りなくある。
 
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調味料を添加した“凝縮されたうまみ”と甘味料の援けを借りた“まろやかな甘みが格別”だって、幾らなんでもそれはないだろう。
 
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サドルのオイル入れやフロントバッグ補修作業のスペース確保のため、やむなく自転車部屋から溢れ出てきました。1週間程度は仕方がない。
 
自転車部屋といっても作業スペースがないと単なる保管室になってしまいますね。それでもあるだけ恵まれていますが・・・・
 
 
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